夜刀神
ラムサール条約の千葉の谷津干潟もそうですが、ヤツ、ヤト、というのは、谷間になっている地域を表す古いことばで、たまに、地名が残っていたりします。
風土記にも夜刀神が登場しますが、谷の神、つまりクラオカミのような蛇神を表すとされています。
勤め先から車で20分ほどいった先に、ヤトという地名の場所があって、道路の看板はあるのに、そこには進めなくなっています。本来なら十字路になるのが、T字路のままです。
聞くところによると、心霊スポットというほどではありませんが、ちょっといわくつきというか、作業中に事故があったり、色々な理由で、なかなか開発が進まない場所なのだそうです。
それが、ここにきて、再び開発される話になったそうです。
個人的には、古い神のいる場所だから、そのまま残しておいてほしかったのですが。
そんなに車の通りが多いわけでもないのに、道にする必要あるのかしら。
神社や祠があるかどうかは分かりませんが、工事する前に、せめてきちんとおまつりすると良いのかもしれません。地鎮祭とか。
すみません、ちょっと土地をお借りしますくらいな気持ちだったら、神様も許してくれる気がします。
車でちょっと行ったところにある、タカオカミ神社の周りも、大手ショッピングモールを誘致するとかで、広大な原生林が切り倒されて、しかもその後その話が立ち消えとなり、何もない荒野だけが無残に広がっています。
一応、神社の回りだけ申し訳程度の林になっていますが、せっかく古い神様がいる土地なのにこんなことになり、うさぎやたぬきなど、野生動物もたくさん住んでいたのに、寂しいことです。森は守であり杜なので、神社と自然は本来同じものだからです。
夜刀神もタカオカミもクラオカミも古い龍蛇神で、本来は同一のものだと勝手に思っているのですが、竜頭太もそうですが、もともとその土地にいたのに、それを譲るのはいつも蛇神です。大国主とか建御名方とかも。譲るっていうか、無理やり奪われてたりするのでしょうけど。
昔のムラとムラの戦いは、それぞれが祀る神と神との戦いでもあり、勝ったほうのムラの神が悪い神を制圧したという神話のかたちで残されたというのを折口信夫は言っていて、いま残されている日本神話は、ほとんどがそういう話です。
風土記にも、先住の人たちを追い払った記録が結構あります。
穴ぐらに篭城していた先住民をおびき出すために、楽しい音楽を流して、思わず浮かれて出てきて踊り出してきたのを一気に駆逐した話とか、なかなかえげつないです。
女装したり、だまし討ちも多いですよね。
古事記や日本書紀は、時の為政者がその正当性を示すためと、海外に向けて日本の威信を見せるために作った両方の意味があるように思います。
ところどころに外国の神話の成分が混ざっているのは、文人(ふみひと)集団など、海外から渡ってきた識者なども関わっていたからでしょうか。
古事記は後の時代に一部が書き換えられているという論文も出ているようなので、その時代によっても、都合によって色々変えられた部分はあるのかもしれません。
それにしても、大きなショッピングモールや道を作るよりも、いっそ、古い神様のいるパワースポットみたいにして、ゆるキャラとか作ったほうが町おこしに良いんじゃないかと思ったりして。ほかにも修験道ゆかりの寺社が点在していたりもするので。
こうなったら自分で勝手に作るか、なんて(笑)
どうやら、今日から入梅したらしいです。
雨って嫌いだけど、これこそ龍蛇神からの恵みなんだよなと思い直しています。
やっとこさ衣替えをしたところです。
去年のセールのときにまとめ買いしてあったので、見たことない服が沢山ありました。。
今年はまだあんまり服買ってないかも。アベノミクスと無縁です。