忌寸法師

突然ですが、一寸法師は、忌寸法師ではないかと思っています。

老夫婦が住吉大社にお参りし、授かった小さな子供は、悪い鬼を退治し、鬼が落としていった打出の小槌で大きくなり、美しい姫君と結婚し、小槌を振ると出てくる金銀財宝で幸せに暮らします。

この一寸法師の出世話は、秦氏を象徴しているように思えてならないのです。

長くなるので省略しますが、住吉の神様は、大国主です。
大国主は、少彦名命(すくなひこなのみこと)という、常世の国(海の向こう、つまり大陸)からやってきた神様と旅をします。
この少彦名、名前のとおり、とても体が小さい、小人の神様なのですが、酒や医療、温泉、穀物など、様々な技術に長けていました。
まさに大陸から渡ってきた技術集団、秦氏です。
(ちなみに大国主も一度海に流された蛭子であり、大陸と深い関係があります)

鬼は山の民や先住民を表します。
一寸法師が鬼に飲み込まれて一度腹に入り、内側から針で刺して攻撃したというのは、一度山の民と仲良くなってから、攻撃を仕掛け(あるいは薬物を使ったかもしれません)、金銀の出てくる打ち出の小槌、つまり、鬼の持ち物である鉱山や鉱脈を手に入れたのではないか、と考えています。
もしかしたら、朝廷から命令を受けて、先住民を追い払い、技術によってその土地や鉱山を開発し、また、姫(貴族、天皇家)との婚姻を結ぶ事によって、勢力と財力を拡大したのではないでしょうか。

さて、忌寸というのは何なのかというと、朝廷から秦氏系渡来人に与えられた姓です。
「いみき」と読むのですが、「いっすん」と読めば、さらに意味がぴったり通じるような気がします。

また、陰陽道などで使用される人形(ひとがた)は、小さな人を表していて、罪穢れを吸い取りますが、それは、少彦名の、健康の神様という性質に通じます。
そして、陰陽道といえば安倍晴明ですが、彼も秦氏でした。

また、以前歴史のページにも書きましたが、神武天皇の東征に手助けしたヤタガラスは、賀茂氏であり、賀茂神社に残された逸話には、秦氏の影がちらつきます。

一寸法師は、東征神話の真相を象徴的に表しているとはいえないでしょうか。
一寸法師と結婚した美しい姫は、賀茂神社に祭られている、玉依姫だと考えられます。

同じ加茂川沿いにある、賀茂神社と貴船神社はとても深い関わりがあります。
実は、貴船神社にも船に乗ってやってきた玉依姫伝説があり、しかも、この地域には今でも鬼の子孫が暮らすのですが、とても重要な意味があるので、それについても、頭の中にあるものが消えてしまわないうちに、時間を見て歴史のページに書きたいです。
貴船は黄船ですが、赤い船でもあるのです。そして、豊受姫とも関わっていると考えています。

そういえば、話は代わって、歴史を調べていて、いちいち物事を関連付けて考えるクセがついてしまったのですが、安倍総理の「美しい国づくり」は、私の中では「美しい国→美国→中国語でアメリカ」に変換されていて、中国に対して、もろアメリカ寄り、あるいは、日本をアメリカにするのだよ、という政策を暗にアピールしているのではないか、という風に考えてしまいます。
深読みしすぎかと思っていたけれど、最近は、この考えに妙に自信を持ってしまいます。