お水送り
ついに、行ってきてしまいました。
毎年3月2日、福井県小浜市の鵜の瀬で行われる、お水送り神事です。
私が勤めている石屋さんは人が少ないので、なかなかお休みが取りづらいのですが、今年は暖冬で雪が全くなく、しかも、満月(日食)の2日前という事で、思い切って、3日ほどお休みさせてもらいました。
私が調べている歴史にとって、非常に重要な意味がある神事なので、いつか絶対行きたい!と思っていたのです。
ちょうど当日の夕方5時頃に神宮寺に到着し、大急ぎでたいまつを購入し、境内で待っていると、6時頃から修験道の儀式が始まりました。
法螺貝の音と共に、KKK団をイメージさせる姿の修験者の人たち(後で分かったのですが、どこかから集団でバスに乗って出張して来たようです。もしかしたら熊野の方からでしょうか?)が現れ、お寺の奥でなにやら儀式を始めました。
中は全く見えず、スピーカーからは、ガタンとか、ドスドスといった音、そして、般若心経などが聞こえてきます。
30分ほどして、あたりが大分暗くなってきた頃、中から突如巨大な火の玉が現れました。達陀(だったん)です。木の枝のようなものに火をつけて、行者が振り回しているのですが、これが、ものすごい迫力なのです。なんというか、ゾロアスター(拝火教)な感じです。思わず鳥肌が立ちました。
その後、広場の端の方に置かれた護摩壇に火をつけるのですが(大護摩)、この護摩壇が、木の葉などを山型に盛ったかなり大きな物で、ものすごい煙の後、無数の火の粉がキラキラ輝きながら天高く舞い上がり、ついに、煙の中から、とても高く大きい、そして素晴らしく優美な炎が上がりました。こんな綺麗な火を見たのは、多分、生まれて初めてです(女神様のようだ、などという声を上げている人たちもいました)。
この日は風もなく、白い月と、巨大な赤い炎の組み合わせの美しさといったらありません。
葉っぱの火の粉がきらめき、くるくる踊りながら舞い上がる様子は、無数の魂が天に昇っているかのようでもあります。
少し火が収まってから、修験者の人たちが大きなたいまつに火をつけ、その後、一般の人たちが火をつけるのですが、ものすごい量の人が火に向かってもみくちゃになり、身動きがとれず、一苦労でした。金曜日だったので、もしかしたら普段の年より人が多かったのかもしれません。
その後、鵜の瀬までおよそ2キロほどの遠敷川沿いの道のりを歩くのですが、水の川と火の川、そして白い満月という、まるで狐の送り火のような、この世のものとは思えない、最高に幻想的な光景で、更に、そこに自分が参加しているという事が、とても不思議な感動でした。
本当に、はるばる千葉から来た甲斐がありました。
最後の、お香水を流す様子も、比較的近くから見ることが出来て、本当にラッキーでした。
今回、とても不思議だったのは、儀式が始まった頃から、空にうろこ雲が集まってきていて、たいまつに火をつけた時にも綺麗に空を覆っていたのですが、たいまつ行列でお寺の外に出て外を見上げると、なんと、空全体がぴかぴかに晴れ渡っているのです。これは、今考えても本当に不思議です。
もしかしたら、お寺の上空に龍神がいたのかもしれません。なんとも神秘的な体験でした。
その翌日は、ついに、豊受姫に最も関わりの深い最重要スポット、天橋立の籠神社です。そのお話は、また後日・・・
毎年3月2日、福井県小浜市の鵜の瀬で行われる、お水送り神事です。
私が勤めている石屋さんは人が少ないので、なかなかお休みが取りづらいのですが、今年は暖冬で雪が全くなく、しかも、満月(日食)の2日前という事で、思い切って、3日ほどお休みさせてもらいました。
私が調べている歴史にとって、非常に重要な意味がある神事なので、いつか絶対行きたい!と思っていたのです。
ちょうど当日の夕方5時頃に神宮寺に到着し、大急ぎでたいまつを購入し、境内で待っていると、6時頃から修験道の儀式が始まりました。
法螺貝の音と共に、KKK団をイメージさせる姿の修験者の人たち(後で分かったのですが、どこかから集団でバスに乗って出張して来たようです。もしかしたら熊野の方からでしょうか?)が現れ、お寺の奥でなにやら儀式を始めました。
中は全く見えず、スピーカーからは、ガタンとか、ドスドスといった音、そして、般若心経などが聞こえてきます。
30分ほどして、あたりが大分暗くなってきた頃、中から突如巨大な火の玉が現れました。達陀(だったん)です。木の枝のようなものに火をつけて、行者が振り回しているのですが、これが、ものすごい迫力なのです。なんというか、ゾロアスター(拝火教)な感じです。思わず鳥肌が立ちました。
その後、広場の端の方に置かれた護摩壇に火をつけるのですが(大護摩)、この護摩壇が、木の葉などを山型に盛ったかなり大きな物で、ものすごい煙の後、無数の火の粉がキラキラ輝きながら天高く舞い上がり、ついに、煙の中から、とても高く大きい、そして素晴らしく優美な炎が上がりました。こんな綺麗な火を見たのは、多分、生まれて初めてです(女神様のようだ、などという声を上げている人たちもいました)。
この日は風もなく、白い月と、巨大な赤い炎の組み合わせの美しさといったらありません。
葉っぱの火の粉がきらめき、くるくる踊りながら舞い上がる様子は、無数の魂が天に昇っているかのようでもあります。
少し火が収まってから、修験者の人たちが大きなたいまつに火をつけ、その後、一般の人たちが火をつけるのですが、ものすごい量の人が火に向かってもみくちゃになり、身動きがとれず、一苦労でした。金曜日だったので、もしかしたら普段の年より人が多かったのかもしれません。
その後、鵜の瀬までおよそ2キロほどの遠敷川沿いの道のりを歩くのですが、水の川と火の川、そして白い満月という、まるで狐の送り火のような、この世のものとは思えない、最高に幻想的な光景で、更に、そこに自分が参加しているという事が、とても不思議な感動でした。
本当に、はるばる千葉から来た甲斐がありました。
最後の、お香水を流す様子も、比較的近くから見ることが出来て、本当にラッキーでした。
今回、とても不思議だったのは、儀式が始まった頃から、空にうろこ雲が集まってきていて、たいまつに火をつけた時にも綺麗に空を覆っていたのですが、たいまつ行列でお寺の外に出て外を見上げると、なんと、空全体がぴかぴかに晴れ渡っているのです。これは、今考えても本当に不思議です。
もしかしたら、お寺の上空に龍神がいたのかもしれません。なんとも神秘的な体験でした。
その翌日は、ついに、豊受姫に最も関わりの深い最重要スポット、天橋立の籠神社です。そのお話は、また後日・・・